なぜクレジットカードのポイントを無駄にしてしまうのか

日本は世界有数の「ポイント」好きのポイント大国。2015年度の段階で国内のポイントサービス市場規模カードは1兆4440億円と言われ、今後も増えていくと予測される(矢野経済研究所調べ)。
しかし、きちんとポイントの恩恵を受けられていない人は意外に多く、「失効率が高いクレジットカードでは、約5割が有効期限内にポイントが使われていない」というデータもある。
なぜ私たちはクレジットカードのポイントを有効に使えないのか。私たちが「損をする」選択をしてしまう理由について、行動経済学者の友野典男氏に聞いた。(全3回)

人間のDNAに刻み込まれた「損失回避性」

──失効率が高いクレジットカードでは、約5割が有効期限内にポイントが使われず、無駄になっているそうです。この結果について、率直にどう感じますか?

意外ですね。人間には「損失回避性」という損を嫌う特性があって、お金を失う痛みは、同額を得る満足感より2〜2.5倍大きいとされています。だから、商品券や航空券などと交換できるクレジットカードのポイントは、本来「絶対に失いたくないもの」のはずなんです。

これは人類が長い年月をかけて環境に適応し、進化してきたなかで獲得された性質です。何十万年も前、食料が不足するような環境では、目の前の食料を失うことは命に関わりました。だから、持っているものを失うことはとてもつらい。

一方で、食料は余分にあっても保存できないから、多く得ることにはそれほど喜びを感じられない。現代のお金は太古の昔の食料とは違い、保存もできますが、人間のDNAにはこの感覚が本能として刻み込まれているのです。

ポイントを使えない3つの理由とは

──行動経済学から見て、「絶対に失いたくないもの」であるはずのポイントが、毎年何百億円分も無駄になっているのは、一体どういうわけなのでしょうか。

私自身は、ポイントを「使える側」の人間です。マイルを貯めて旅行することを楽しみにしているので、クレジットカードのポイントは「お金と同等」という認識ですが、ポイントを失効させている多くの人はその認識が薄く、「損をした」という感覚もないのでしょう。

なぜ損をしたと思わないのか。それにはいくつかの理由が考えられます。

1つめの理由は、クレジットカードが「お金」としてのリアルな感覚が薄い存在だから。

これは昔からよく言われていることで、たとえば3万円の買い物をしたら、3枚の1万円札が財布からなくなる。

この当たり前のことによって、私たちは「お金を使ったな」と感じます。 一方、クレジットカードの場合はそれがないから、便利な半面、使いすぎるというリスクもある。

そんなクレジットカードの「ポイント」となれば、さらに「お金と同等のもの」という意識は薄れます。だから、失効してもそこまで失うつらさを感じず、「損をした」という感覚もないのです。

2つめは、(1つ1つの)ポイントの額が小さいから。

ポイントは、私たちの脳内で貯金と似た存在として認識されているので、本来は「貯まればうれしいもの」なのです。

たとえばこんな実験結果があります。飲食店などでポイントカードを発行する際、最初に、「おまけ」としてスタンプを1個押してくれたりしますよね。全部で10個集めれば何か特典があるポイントカードだとしたら、残り9個ということになります。

このとき、スタンプの枠を12個にして、最初にハンコを3個押してあげたほうが、よっぽど効果があるんです。「残り9個」という事実は同じなのに、「3個集まった」という実感が、人に「またその店を使おう」と思わせる。

私の場合、マイルを貯めるという目的があるので、できるだけ1枚のクレジットカードを使い、ポイントが貯まる仕組みを作っています。

しかし、ポイントを貯めていない人は、「ECサイトを利用するのに必要だから」などの理由でなんとなくカードを作り、「カードを作ると特典がある」などの理由でさらに複数枚のカードを持っていることが多い。 すると、特にどのカードをメインカードにするという感覚もないので、ポイントが分散することになります。

少ししかお金が貯まっていない貯金通帳と同じように、少ししかないポイントもあまり魅力的ではありません。

3つめは、ポイントのシステムをよく理解していないから。

いくらに対して何ポイントもらえるのか、何ポイントから何と交換できるのか。クレジットカードのポイント還元は、なかなか複雑な仕組みになっています。

そもそも行動経済学では、「人間はそれほど合理的ではない」と考えます。人間は常に物事を計算できるわけではなく、記憶は間違うものであり、意図せず非合理的な行動をとってしまうのが生身の人間です。

そういう人間の特徴を表すのが、今の状態を変えたくないと感じる「現在志向バイアス」です。合理的に、長期的な自己利益の最大化を追求しようと思っていても、多くの人間は目の前にある衝動や目先の利益に負けてしまう。

だから、「今さらシステムを理解するのが面倒くさいな」「交換するのに手間がかかって嫌だな」と感じれば、確実に利益があることがわかっていても、放り出してしまう可能性は高い。2つめに挙げた理由から、「失効しても大した額ではないだろう」と感じていれば、なおさらです。

人間の感情と理性、どちらが強いのか

──挙げていただいたどの理由も、「ポイントを使えていない人」にとっては身に覚えのあることばかりだと思います。私たち人間が、それほど非合理的な行動をとるものだとは思いませんでした。

人が意思決定するとき、頭の中では、感情や直感といった「システム1」と、思考・理性・論理を司る「システム2」が働いています。

システム1は無意識のうちに自動的に発動し、労力をかけずに素早く判断を下し、同時並行で複数の作業をこなすことができます。一方、システム2の起動は意識的に行う必要があり、時間がかかり、エネルギーも必要です。また、同時に複数の作業はできません。 行動経済学者がよく使う「象と象使い」のたとえで説明すると、システム1が「象」、システム2が「象使い」です。

象は象の都合でよく勝手な行動をします。象使いは象をコントロールしようとしますが、象は大きく力も強いため、暴走すると歯止めが利かないこともある。また、象使いが疲れていたり、集中できなかったりするときも、象のコントロールに失敗します。

つまり、仕事や子育てで忙しい人、疲れている人などは、象使い(システム2)が象(システム1)を支配できず、感情に流される危険が高まります。 さらに、象の行く先を決めるのは、象使いだけではありません。象の歩く「道=環境」も意思決定に大きな影響を与えます。

──ポイントを有効に使うために、脳内ではそんな葛藤が行われていたんですね。では、そんな人が有効にポイントを使えるようにするとしたら、友野先生はどんなアドバイスをしますか?

まずはまわりの「ポイントを使っている人」の話を聞いて、ポイントのメリットを感じること。そして、多少時間をかけてでも、一度きちんと「貯まる仕組み」「使える仕組み」をつくることが大切でしょう。

先ほど紹介した「現在志向バイアス」によって、人は初期設定に引っ張られて、必ずしも望ましくない行動をとってしまう傾向にあります。これを「デフォルト効果」と呼びます。

ヨーロッパのある大手鉄道会社の例を紹介しましょう。

あるときこの鉄道会社は、乗車券の予約サイトの初期設定を「座席指定」に変更しました。わざわざチェックをはずさないと、自由席にはなりません。 その結果、たった9%だったサイトからの指定席の予約が49%に激増。指定席料金はわずか数ユーロでしたが、会社に多大な利益をもたらしました。同時に、利用者の悪評を引きおこしたことは言うまでもありません。

これほど支出に直結することでも、多くの人が初期設定に引っ張られていると知れば、最初に自分で「良い初期設定(環境)」を作ることがどれほど重要かがわかるでしょう。

最初に「ポイントを使える派」だと言った私も、実は「ずっと使っているから」という理由だけで、何年も同じクレジットカードに縛られています。

もしかしたら、もっと還元率のいいカードがあるかもしれないし、マイルよりいい使いみちがあるかもしれないのに、調べることもしていない。「面倒くさい」「変えたくない」という気持ちって、それほど強いんですよ(苦笑)。

(制作:NewsPicks Brand Design 取材・文:大高志帆 撮影:加藤ゆき)