<2025年の金融為替市場の振り返りと2026年の展望>-為替市場概況編-
本記事は、2025年の金融・為替市場を総括的に振り返り、その特徴や注目すべき変化を整理することを目的としています。
執筆は、マーケットの第一線で豊富な実務経験を有する深谷幸司氏にご担当いただきました。 本稿は2部編成のうちの前編となっており、後編では2026年における世界通貨セレクト7通貨ペアの展望について詳しくご紹介します。 |
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深谷 幸司氏 |
| 1984年、東京大学法学部卒。同年、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入行し、債券ディーリング、本店営業部を経て、1995年より為替アナリストとして活躍。2000年から5年連続で『ユーロマネー誌 日本版東京外国為替市場調査』顧客投票・長期予測部門で第1位を獲得。2004年6月から経済調査部チーフエコノミスト。
2007年にはドイツ証券にシニア為替ストラテジストとして参画。2010年、クレディ・スイス証券に外国為替調査部長兼チーフ通貨ストラテジストとして加わる。2013年にはFPG証券代表取締役に就任。 現在は、オフィスFUKAYA代表、株式会社マーケット・リスク・アドバイザリー フェローとして、為替市場の分析・発信を続けている。 これまでにブルームバーグ、ロイター、日本経済新聞をはじめ多数のメディアで寄稿を行い、テレビ東京「モーニングサテライト」や日経CNBCなどの経済番組にも出演。 |
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<2025年の金融為替市場の振り返りと2026年の展望>-為替市場概況編-
2025年を振り返ると年前半と後半で市場の様相が一変した。年初からしばらくは、金融為替市場全体がトランプ関税に振り回された。トランプ政権が高率関税を導入したことで、インフレと景気後退の併存、スタグフレーションへの懸念が台頭した。リスク回避が強まった。加えてFRBへの利下げ圧力を強め独立性を棄損する姿勢に、一時は米国株安、米国債安・米長期金利上昇、ドル安、のトリプル安となった。その後トリプル安は一服したものの、米中貿易摩擦が先鋭化し、米国経済さらには世界経済への懸念から市場のリスク回避が強まった。ただトランプ政権による、いわゆるディールにより関税交渉が進展した。5月から6月には米中交渉が開始され緊張緩和期待が高まると市場の安心感は回復した。米国株は年初からしばらくは、調整局面となり4月には急落するなど混乱したが5月には落ち着きを取り戻した。その後、年後半にはAIブームを材料にハイテク株がけん引して株価は右肩上がり。年初から政策金利を据え置いてきたFRBが9月に利下げを再開したことも株価全般の支えとなった。その後年末にかけてリスク選好が維持された状態が続いている。
金融政策をみると、FRBは難しい舵取りを余儀なくされた。年初からしばらくはトランプ関税によるインフレ懸念を主因に利下げを停止し様子見を続けた。2024年12月の利下げを最後に、FF金利誘導水準上限を4.50%で据え置き、その後、インフレが下げ止まりインフレ警戒感は残ったが、企業の景況感悪化とともに雇用も急速に悪化し始めた。パウエル議長はインフレ警戒から雇用重視へ軸足をシフトした。しかし、FRB内ではインフレ警戒のタカ派は根強く、雇用重視のハト派との意見対立が際立った。夏以降は雇用悪化が鮮明となり、インフレの上昇もみられないことから9月に利下げを再開し、12月会合まで3会合連続で利下げを実施し、最終的には、3.75%まで引き下げた。これに対して欧州ではインフレ率が早々に2%台前半へ低下した。関税による景気への悪影響、景気悪化懸念からECBは年初から利下げを実施し、政策金利(中銀預金金利)を3.00%から6月までに2.00%まで引き下げた。そうした中、日銀は1月に利上げを実施し政策金利を0.25%から0.50%へ引き上げたものの、関税による景気への悪影響を見極めるべく様子見を続けた。さらに10月に高市政権が誕生しリフレ政策を前面に押し出すと利上げは難航するとみえたが、円安進行に警戒感を強めた高市政権が金融正常化・利上げを容認し、12月会合で0.75%へ利上げを実施した。
為替市場では年初しばらくはリスク回避、ドル離れ、の流れとなった。ドル円相場は年初の157円台から4月下旬には米国市場におけるトリプル安の混乱で140円割れまで下落した。しかしその後は関税懸念の後退、リスク選好の回復で下げ止まり140円~145円を中心に上下した。夏場以降は株価堅調、リスク選好が強まる中、145円~150円のレンジで安定的に推移した。さらに10月に高市政権が誕生するとリフレ政策、積極財政・金融緩和のアベノミクスを踏襲する姿勢を打ち出したことで円安が再燃した。大型の補正予算を受け、財政悪化懸念による円の信認低下を材料に160円に迫る動きを見せている。FRBの利下げ、日銀の利上げ、金融政策の逆行がかろうじてドル高円安に歯止めをかけた状況だ。
欧州ではECBが利下げ打ち止めを明確にし、次の一手が利上げとの方向感を匂わせている。ユーロ円相場は年初の163円近辺から2月には155円近辺に下落したものの下げ止まった。ドル安の裏側でユーロ高ドル安が進むなかで底固く、年央にかけては160円~165円を中心に推移し、6月以降は一本調子に上昇を続け年末には180円台に乗せて史上最高値を更新した。総じてドルが下落一服、欧州通貨が堅調に推移するなか、円は低迷し年末にかけて独歩安の様相となった。
2026年を展望すれば、インフレリスクの後退、エネルギー価格の安定、FRBの利下げおよび流動性供給姿勢、などを受けて、市場全体のリスクマインドが維持された状況が続く可能性が高い。足元で雇用悪化、減速基調にある米国経済は、累積的な利下げの効果と減税など景気刺激策によって年後半にかけて持ち直す可能性が高そうだ。実体経済面でのリスクは想定以上の雇用悪化がある。ただ、利下げ余地は大きく景気底割れのリスクは小さそうだ。そのリスクがあるとすれば金融市場が挙げられる。市場の楽観、米国株(とくにAI関連株)の調整リスクであろうか。すでに米国株(とくにAI半導体関連銘柄)は成長期待を織り込んで割高な水準まで買い進まれている。成長期待に陰りが生じれば大幅な株価調整が生じる可能性があり留意を要する。
FRB内の意見は割れており合意形成が困難な状況が当面は続きそうだ。景気は底固くインフレ懸念が残るとみるタカ派は利下げに慎重な姿勢を続ける。一方、雇用悪化が足元で加速しており、さらなる悪化リスクを懸念してハト派は追加利下げが必要とみる。政策金利の帰趨は景気減速のペースとくに雇用情勢次第で不透明だ。ただし、少なくとも利上げに転ずるまでの事態にはならないだろう。また2026年はFRB人事も金融政策に影響しそうだ。パウエル議長は5月に任期を迎える。後任はハセット国家経済会議(NEC)委員長が有力である。すでに政権からはミラン理事が送り込まれ積極的な利下げを主張している。一段と利下げトーンが強まりそうだ。12月のFOMCにおいて、メンバーの予測中央値は2026年に利下げは1回。据え置きから利下げ2回、3回まで意見は割れる。意見対立の先鋭化、不透明感そのものがドルにとってリスクとなる可能性がある。
これらを勘案すると、ドルは金利先安観を主因に当面上値の重い展開、やや軟調な推移となりそうだ。ドルインデックスは100ポイントを割り込んだ状況が続くだろう。欧州ではECBが利下げを停止し次の一手は利上げとのニュアンスを示している。2026年中に利上げを実施する可能性はなお小さいとみるが、金利先高観が強まりユーロを支える可能性がある。ユーロドル相場は1.15割れでは底固く、1.20台を試す可能性もあるだろう。欧州通貨全般がドルに対してなお堅調に推移し、当面はドルインデックスの上値を抑制しそうだ。ドルが持ち直すとすれば、前述のとおり、年後半に景気持ち直しが鮮明となり、それとは別に、ドル金利先安観から先高観に転ずる場合、米長期金利がふたたび上昇基調となるだろう。また、ドル離れも一服している。ドル資産偏重、一極集中の調整は終わったとみられる。そうしたなか、米国のAI半導体関連業界の成長期待は根強く、ドル資産からの逃避は生じにくいのではないか。リスクがあるとすれば、米金融市場の混乱だ。株価の大幅調整、クレジットリスクの表面化、などには引き続き留意を要する。
日本では高市政権の積極財政・金融緩和継続を主眼とするリフレ政策スタンスが円安を促している。財政悪化懸念から円先安観、円がなお低迷するとの見方は根強い。ただ長期金利急騰や円安進行を受けてスタンス修正の動きも垣間見られる。金融政策については、日銀の利上げ継続姿勢を容認しつつある。今後はどの程度明確な利上げ継続姿勢を日銀が示すかが焦点となるであろう。日米の金融政策が逆行する状況は当面続くことから、ドル円相場は水準をドル安円高方向へ緩やかに切り下げていくと予想する。問題は財政政策だろうか。財政健全に配慮する姿勢をどの程度明確に示せるかがポイントか。成長投資そのものは円にとってポジティブである。財政悪化ではなく、デフレ脱却の明確化、金融正常化の継続、を背景とする円長期金利の上昇は正常化と受け止められ、円の下支え要因となる。
円の需給に目を転じれば、対外収支では貿易サービス収支は改善し赤字幅は均せば毎月3,000億円程度に収まっており円相場にとって有意な水準ではない。引き続き注目は投資資金の動向である。個人投資家の海外証券投資は一時より沈静化したが、高市政権の政策の影響がどうかに注目だ。円への信認低下で海外への資金逃避が活発化するか、円金利上昇や日本株先行き期待を背景に国内回帰となるか。海外投資家は日本株をポジティブにみており、円売りとはなりそうもない。為替ヘッジ比率を低めるようなら円高要因となりうる。高市政権の政策を受けて日本企業が国内投資を優先すれば円安圧力は軽減されるだろう。リスクがあるとすれば、高市政権の政策に対するさらなる信認の低下、円に対する信認低下が深刻化する場合、また、市場の警告にもかかわらず放漫財政を続けた場合だ。
総じて、メインシナリオは円安の修正だ。金利差と逆行して円安が進んでいるが、次第にそのギャップが埋まる方向へ円高が進むとみている。もっともそのペースは緩慢で、金利差縮小に応じた緩やかなドル安円高と想定する。一気にギャップが埋まる急速な円高とはならないとみる。年央には高市政権発足時の水準、145円~150円のレンジへ。さらに年末にかけては140円台前半への下落を予想する。ただ、年末に向けて次第にドルが底固さを増し下げ渋るとみる。加えて、米国の金融政策、日本の財政政策の不透明感が大きく、思惑に左右されボラティリティの高い展開が続きそうだ。ユーロドル相場は底固く1.15~1.20のレンジでの推移、ユーロ円相場は170円程度まで調整を予想する。リスクは米国金融市場の混乱、それに端を発するリスク回避が挙げられる。その場合は想定以上の円高となる可能性がある。内外金利差の縮小と円の信認回復が同時に生じるシナリオでは、金利差とのギャップが急速に縮小することもありうるが、今のところ確率は低いとみている。



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